プロフィール

快晴の空にむかう赤いバラ

こんにちは。はじめまして。

このたびは、当「サロンよしわく」にお越しくださり、本当にありがとうございます。私は当サロンを運営している吉涌薔薇(よしわくローザ)と申します。長くなって恐縮ですが、私の話をお聞きください。

私は物心ついたころから、「なぜ人は死ぬのか」「なぜ努力をしても何かをできる人とできない人がいるのか」「なぜ良い行いをしても苦労ばかりをし続ける人がいるのか」ということばかりを考えてきた子どもでした。

その反面で、「人を苦しめて自分が幸せになっている人」「人にいじわるをしたり、勝手なことをしてもなぜか許される人」「何をしても褒められる人」「どんなに近しい関係であっても平気で相手を裏切る人」がいることに、この世の理不尽さと諦めというものを悟った子どもでもありました。

今、先天運という視点から見れば、これは当たり前のことでしたが、私は近い関係の人たちと心からの信頼関係を築くことが難しく、スムーズな意思疎通ができなかった結果、常に孤独と向き合って生きてきました。まるで、自分ひとりが異世界に放り出されたような感覚でした。

「人はあの世(いわゆる上の世界)からやってきて、またあの世に帰る」ということをおぼろげながら知っていた私は、この世の課題が終わってあの世へ帰れることを指折り数えている日々でした。その日1日、人間らしい尊厳が保てれば、それだけでも幸福を感じられるようなレベルでした。

それでも、そのような環境で生きていかなければならなかった私が最初にしたことは、相手が自分に対して言葉を発する・行動に移す前に、相手の動きを瞬時に察知して、その動きが自分を傷つけるものならば迎え撃つ準備をすることでした。つまりは、自分の身を守り、生きるために人間観察をすることであったのです。

このように生まれ育った環境と自分の人生に疑問をもった私は、10代から姓名判断、手相、顔相などを独学で勉強しはじめました。職業としては霊能者をしていたわけではありませんが、母方の親族には何代も高い霊能力をもつ、いわゆる「見える人」がいたことも影響しているかもしれません。4、5歳の頃には、親族が仏壇の戸棚にしまっていた、ひらがなのふりがながついた家相・占い本をよく読んでいたのを覚えています。また、14歳の頃からは予知夢や霊的な夢を見るようになりました。このことは、いくつかアメブロの方にあげています。

その後、東洋・西洋の占いを何種類か勉強していくにつれ、顔がひとりひとり異なるように全ての面で同じ宿命というものはなく、ひとりひとりが尊い存在で個別の課題をもって生まれてきていることを知りました。そして、特定の人を成り立ちや鑑定方法が異なる複数の占いで見た結果、時に同じ運勢が導き出されるという占いの神秘性と、人によっては避けられない既定路線があるのであり、結果に一喜一憂せずに、うまく先天的なものと関わっていくことの大切さを知りました。

しかし、現実は過酷でした。まず、私自身、仕事に関しては、9割方うまくいくと言われたものでも、先方のよくわからない事情で契約なし・または詐欺のような待遇面の相違にあい、対人関係でも貰い事故が多発して、自分がこれをしようと思っていることがあってもキャンセルにせざるをえないようなことが続きました。そういう状況と生育過程の影響か、自己肯定感は低く、自己卑下をすることが通常運転であることからなかなか抜け出せませんでした。しかも、複数の占い師の先生に匙を投げられたレベルの先天運であったこともあり、次から次へと災いと言えるようなものが押し寄せる日々でした。

元々波乱のところにさらなる波乱がやってきて、精神は変に図太くなったものの、逆に災いがあるのが当たり前になってしまっていたのです。「No Truble No Life」です。そうなると、またさらなる災いがやってきます。それに立ち向かおうとして、現実での対処ができないとわかれば、ますます、ありとあらゆる占いを調べ、開運法を試します。良いと聞けば、そこら中の神社やお寺に行きました。

今となってはそれも宝でありこやしですが、私自身が変わっていないところへ、いくら対処法をもってきたところで、焼け石に水であり、一時的には状況がよくなってもそれが維持できません。そのうち、いくつかの自己啓発本に共通して書かれていることを発見しました。

それは、以下のようなことでした。

①あらゆることは必要であるから起こっており、最後には全てよくなる方向へ進んでいること

②幸せは自分の中にあり、自分がもってきているものを最大限に生かせることが幸せであること

③どんなに良い先天運をもっていても、良き行いをしていても、自分を卑下して自分の中のエネルギーがうまく動いていない状態では、せっかく良いものをもっていても生かせずに、災いを引き寄せること

自分の中では、まさに究極の行きつくところは、これではないかとの気づきがありました。

同時に、個人的な鑑定や相談で③のような方が案外多いことに気がついたのです。

ひとりが幸せになることが、世界の幸せにつながり、それが過去(前世や先祖も含む)や未来(来世があるならば来世、子孫があるならば子孫、なくても未来の人間)にまで届くということを信じていた私は、③のような方の力に何とかなれないかと思いました。そこから、占いだけでなく、レイキ、アバンダンディア・アバンダンス・レイやアカシックレコードリーディングなどのエネルギーワーク・スピリチュアルを勉強して今に至ります。また、現在は、これらとあわせて、仕事上で長らく関わってきた研究者と研究支援もおこなっています。

人間は全知全能ではないものの、あなたという存在は唯一無二で最高の存在なのです。

謙虚であっても自己卑下する必要はなく、いたずらに人と比べる必要はないのです。

生きていくための力も長所も才能もたくさん有り余るほど持っています。

必要最低限のものはみなもらっています。 

本当に何も持たない/できない人間はこの世にはいないはずです。

五感で確認ができる・できないにかかわらず宝物をたくさん持っています。

あなたが、今、何かがうまくいっていないとしたら、それらがうまく表に出せていないだけです。

 

長々と書いてしまいましたが、少しでもお役にたてれば、本当に嬉しいと思っています。

今、笑顔の方はますます笑顔に、

今、泣いていらっしゃる方、苦しみの最中にいらっしゃる方も笑顔になり、

そしてみなさまに光が届きますように!

「あなたの最高の人生に気づきと癒し」のお手伝いができれば幸いです。

サイトを通じて、みなさまにお会いできたことを心から感謝致します。

                               吉涌 薔薇(よしわくローザ)拝